大貫伸樹の書物楽会

2006-05-19

shinju-oonuki20060519

蔵書票楽会だより44-06.5.19「折衷」または「出合い」



●1867年第2回パリ万国博覧会へ日本初参加

日本が万国博覧会に初めて参加したのは1867年第2回パリ万国博覧会からで、その後1878年のパリ万国博覧会での出品点数は45,316点にものぼっている。そして1889年パリ万国博覧会ではじめてエミール・ガレやウジェーヌ・ルソーなどの作品にジャポニズムとよばれる日本の様式の影響を色濃く残した表現様式を見ることが出来るようになる。

 

●1900年パリ博はアールヌーボーの絶頂期

この頃になると、既にジャポニズムの色彩はだいぶ薄れ、ヨーロッパの土壌に根を下ろした独自の相貌をもつアールヌーボー様式が誕生し、すでに円熟期を迎えていた。このときを境に日本美術のヨーロッパ美術への影響は事実上消滅し、逆にアールヌーボー様式の日本への上陸が始まる。

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