大貫伸樹の書物楽会

2005-12-19装丁探索其の九十八(櫻井書店-16)

shinju-oonuki20051219

櫻井の徳

 

装丁の話をしているブログで、取り上げるほどの作品ではないだろう、とのお叱りを受けそうだが、宇野浩二による、櫻井均の人柄を知る逸話が残されているので、取り上げてみた。写真は近松秋江『歴史小説 三国干渉』(櫻井書店、昭和16年9月15日再版、二千部発行)、初版は16年8月20日に3000部発行されている。

 

宇野浩二『独断的作家論』(文藝春秋新社、昭和33年1月)には、出版の経緯が次のように記されている。

 

「近松秋江が、昭和十三年の一月に左眼が全く失明したので、昭和十四年に、『近松秋江選集』(全三巻)を中央公論社から、刊行した時、私が、選ばれたので、全巻を監修した上に、全巻に収録した十一篇の小説の委しい解説をした、そのために、私は、前から作家として尊敬してゐた、秋江と一そう親しくなった、ところが昭和十七年に、秋江は、両眼ともに失明したために、長年つづけてゐた日記を中止した、すると、その年の初め頃、秋江から代筆の手紙がきて、それは、都合があるので、歴史小説をまとめたものを一冊、ずっと前に「新潮」に出した、『農村行』、その他、現代を題材にした短編を五六篇をさめた集を一冊、つまり、この二冊を出してくれる本屋をなるべく早く見つけ、両方とも印税をできるだけ早く拂ふ、といふ条件をつけてほしい、といふ意味のことがかいてあった。

 

が、これには私も困った、両方とも、加能(*作次郎)の本より賣れさうにない上に、太平洋戦争が始まったばかりの時であり、この二冊の本にをさめられる小説は、秋江の数おほい作品の中であまり面白くない作品ばかりであるからだ。しかし、秋江が困りきってゐる姿が私にいたく想像されたので、私は不安な氣がしたが櫻井書店に出かけた。ところが、櫻井は、二つ返事で承諾して、その年の三月に、歴史小説集の方を、出してくれた。それが、『三国干渉』……である。(この小説集も、本が出る前に、櫻井は、秋江に、拂ってくれた、ここで、私は、ふたたび、櫻井の徳に、感謝したい。)と。

 

発行年月や史実に関しては宇野の記憶違いなど、奥付の記載とあわない点もあるが、宇野の心配をよそに、爆発的にとは行かないまでも、そこそこ売れたようで、増刷がかかっている。

 

さらに『独断的作家論』には、「もう一冊の本(『農村行』)も、おなじ頃、私の『一途の道』を発行した、報國社から、出してもらった。その時、この殆ど賣れさうにない本を出版するために骨を折ってくれたのは、数年前から一般むきはしさうでないが文學的には大変価値のある本……を出版してゐる、書肆ユリイカの主人、伊達得夫である。」と伊達の応援で発行されるに至ったと記されている。櫻井の人柄をかたるというよりも、宇野自身の美徳を記したようだ。

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