大貫伸樹の書物楽会

2005-12-05装丁探索其の九十一(櫻井書店-12)

shinju-oonuki20051205

櫻井書店-12*p2*同じ装丁の本が

四六判、函入、本文は洋紙使用の徳田秋声『挿話』(櫻井書店昭和17年2月)と武者小路実篤『息子の結婚』(櫻井書店昭和17年4月)は共に、吉岡堅二装丁で全く同じ装画が使われている。シリーズでもないのに、同じ装丁にするという事は、一般的にはあまり行われない。

仮に、シリーズの函のデザインとしても、この梔子(くちなし)の実の絵はあまりにも具体的すぎて、巻によっては相応しくない場合も出てきそうで納得がいかない。全集シリーズを一つのデザインで通す場合は、どんな内容が来てもさほど違和感のない装丁をするのが、常識的なシリーズの函や表紙の作り方である。雀をあしらった表紙についても同様な違和感がある。

 

シリーズでないとしたら、後から出版した武者小路にしてみれば、使い回しの装丁で、通常ならば納得のいかない話である。それでもこんな形で発売されたという事は、著者たちを説得するだけのだけの事情があったのだろうか。

 

出版統制で紙が入手できないというわけでもなく、豪華に手摺り版画の表紙にしようというのだから、経済的な問題でもなさそうで、私には想像が出来ない。

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シリーズ化を狙っていたのか?

  

ここまで書いてきて、改めて函を眺めていたら、背の部分にうっすらと小豆色の文字で、「櫻井版名作選書」と13級ほどの小さな文字が書かれているのを見つけた。表紙にも扉にも奥付にも、「櫻井版名作選書」の文字は見当たらないが、櫻井均にはシリーズ化する意図があったのかもしれない。とはいうもののこの2冊しか同一装丁はなく、この後の櫻井書店の出版物に「櫻井版名作選書」の文字は確認できない。何かの外的要因によって思うように行かず、迷いがあったのだろうか?

 

櫻井本を特徴づける手摺り版画の装丁は、この本がヒントになったのか?

 

昭和17年には、20点の本が発行されているが、その内、本文紙に和紙を使った菊判の書物は、手持ちの本で見る限り3冊ある。萩原井泉水『東西南北』(昭和17年4月)、魚の絵が描かれた壺をモチーフにした鈴木朱雀装丁三田村鳶魚『鳶魚縦筆』(昭和17年5月)、見返しのカラスの版画が見事な山口蓬春装丁内田清之助『春宵鳥譚』(昭和17年5月)がその本だが、表紙に手摺りの版画を使い始めたのはこの頃からのようだ。

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