大貫伸樹の書物楽会

2005-12-01装丁探索其の九十(書肆ユリイカ本の装丁)

shinju-oonuki20051201

書肆ユリイカの最初の出版物の著者

 

「小石に躓きながら散歩する 」

「武士は食はねど高楊枝」

原口統三の口癖だったようだ。原口書肆ユリイカの最初の出版物となる『二十歳のエチュード』の著者である。

 

私は、田中栞氏が以前からしびれまくっている書肆ユリイカの本にはさほど興味を持っていなかった。その名前の響きがもたらす心地よさほどに、どことなく素人っぽさや拙さの残る装丁からは胸キュンにさせられなかったのである。そのため、古書市で見つけた書肆ユリイカ本もほとんど私の手元にはなく、田中氏の所にベルトコンベアーの上にのせられた荷物のように流れていった。

 

書肆ユリイカ本の装丁にも食指が動く

 

そんな書肆ユリイカに急に興味を持ち始めたのは、昨夜、東京堂書店で購入した「図書新聞』2752号の長谷川郁夫「桜井毅『出版の意気地』を読む」を読んだ事からである。

 

長谷川氏は「昭和二十三年にはじまる書肆ユリイカの社名は稲垣足穂によるものだが、『ヰタ・マキニカリス』の出版社主・伊達得夫は、櫻井書店桜井均と交流があったのかと思うのである。櫻井書店レオポール・ショヲヴォ『年を歴た鰐の話』(山本夏彦・訳)は伊達の愛読書で、シニカルな味わいが戦中派ニヒリスト趣味に叶うものであったのだと察せられる。」(前掲)と桜井均と伊達得夫の関係があったのではないかと推察している事が、強烈に興味を引いたのである。

 

胸キュンさせられずに蒐集

 

私は、店頭で見つけた本の見た目で胸キュンさせられ購入する、完全視覚情報依存型購入法なので、今回のように、活字から得た情報を頼りにその間連書物を漁るのは初めての事のように思われる。これは、すこしずつ進化しているのだろうか?等とうぬぼれている。

 

昭和15年に創業する櫻井書店と、昭和23年に創業する書肆ユリイカが共に出版をしていた時期は、櫻井書店が閉業する昭和35年、そして、伊達得夫が病いを得て帰らぬ人となってしまった昭和36年1月までで、約12年間である。この二つの出版社の関係を念頭に置きながら、書肆ユリイカ装丁についても考えていこうと思い出したのだ。

 

ちなみに、長谷川氏は『われ発見せり 書肆ユリイカ 伊達得夫』 (1992、四六判 253頁 書肆山田)の著者である。こちらも、先月、書肆アクセスで購入し、読みました。

 

たか〜い!!

 

更にもう一つ、余計な事かもしれませんが、山本夏彦訳『年を歴た鰐の話 』(昭16、カバー再版、附別刷紹介〕をあきつ書店で78,750円で販売している。貧乏コレクターにはちょっと手が出ない。

 

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